MOBA・幸せ湧く話句「幸せのものさし」

30年も続いている朝のラジ長寿長寿番組のパーソナリティー森本毅郎さんと私は同い年で学齢も同じ、戦後最初の年に小学校へ入学した世代です。と言っても、直接面識があるわけではないのですが、私の近くにいた友人が彼と大学時代ハワイアンバンド仲間だったことから、彼の話はよく聞かされたものでした。それと、毅郎さんの長兄で文明評論家の森本哲郎氏の著作の愛読者で、「への旅」シリーズをはじめとする哲郎氏の著作のほとんどが書棚に並んでいるので、なにか身近な存在に思えるようになったのかもしれません。ちなみに「への旅」とは、著作のタイトルが「ゆたかさへの旅」「あしたへの旅」「ことばへの旅」というふうに「への旅」がついていることからこんなふうに呼ばれているというわけです。さて、本題の「幸せのものさし」ですが、これは森本毅郎さんの著作で彼が雑誌やカード誌などに寄稿した短文を集めたエッセイ集ですが、兄の哲朗氏にひけをとらない、なかなかの文章力で、しかも毅郎さんの人柄と優しいまなざしを感じさせる読んで心地よい作品です。表題の「幸せのものさし」は収載されているエッセイの一つからとったものですが、筆者がNHK時代同僚だった女性ディレクターと偶然出会ってお互いの近況を語り合ったときのことが記されています。彼女は最近離婚したとのことだが、旧姓に戻るのが厄介だった(今も夫婦同姓・別姓論議が続いているが)ほかは、周囲が思うほど不幸とは感じてないから、世間一般の「ものさし」で見ないで欲しいと,サバサバと、魅力的な笑顔で語ったという。結局のところ、自分の幸せは「自分のものさし」で測ればいい、そのことが、魅力ある自分、充実した自分を作り出すことにつながるのだろう、と毅郎さんは結論づけています。このエッセイ集を出版したとき、毅郎さんはまだ40代半ば。とうぜんながら私も同じ年齢でした。それから倍近くの年月を生き、その間多くの環境の変化もあったことでしょう。そうした変化を乗り越えて、今なお魅力的な語り口でパーソナリティーをつとめていられるのは、ひととは違う「自分のものさし」を持ち続けてきたからでしょうか。◆◆ふたたび「幸せのものさし」に出会ったのは、シンガーソングライターの竹内まりやの歌でした。その歌詞の中にも「幸せの基準をはかるものさし、自分の中にあるのさ。足りないものを数えるくらいなら、足りてるものを数えてごらんよ」という一節があります。また、どこかで出会った川柳に「幸せの目盛りを下げて云々」というのがありました。でも、幸せの目盛りを下げるのと「自分のものさし」幸せを測るのとでは大きな違いがあります。目盛りを下げて妥協する、または諦めるよりも、自分なりの「幸せのものさし」を持つことのほうが、より多様で魅力的な生き方、モアベターエイジングにつながるのではないでしょうか。

(写真 写団けやき 土田厚実)