MOBA・幸語歳時記「年賀状」

新聞の暮らし面を開いたところ、「年賀状、上手なやめ方」の見出しが目に飛び込んできました。年賀状継続派としては「ついに、ここまで来たか!」と複雑な気分になりました。また、テレビでも「年賀状じまい」用のスタンプがハンコ屋さんで大いに売れているという話題を取り上げていました。かつては正月の風物詩だった羽根つき遊びが、すっかり見られなくなったように、年賀状もいずれ危惧種になるのでしょうか。子供のころ、元日に家族宛の年賀状がまとめて束になってドサッ着くと、自分宛のは僅かなのに、郵便受けまで飛んで行って、家族の宛名ごとに分けてめいめいにに配るのが嬉しくてしかたなかったことを思い出します。その頃と比べると年賀状の総数も減ったようですが、そうでなくても歳を取るにしたがって、徐々に減っていくのはやむを得ません。私の場合も近年は多い時分のせいぜい四分の一がいいところでしょうか。でも自分としては、続けられるだけ続けたいと思っています。たとえ枚数は減っても、年賀状をやりとりするということはそれなりに、ことにシニアにとっては、他に代えがたい効用があると思うからです。◆◆たしかに年賀ハガキを作って出すのには手間ヒマが要ります。私の年代ともなれば、出していい相手かどうかにも気を遣う必要があります。でも、面倒な思いをしても、シニアにとっては、それだけの気力、体力、元気がまだ残っている証拠。やめたらそれだけ老け込んでしまいそうです。それと、お互いの動静を確かめ合える年に一度だけのまたとない機会、むざむざ捨てるには惜しい気がします。まあ、シニアの年賀状は「まだドッコイ生きてる」という生存証明でもあり、また新しい一年を生きようという自分自身への決意表明と思えば、枚数は減ってもそれなりに意味があるように思います。◆◆もちろん年賀状続けるか続けないかは人それぞれの自由な選択で、他から余計な口出しすることではありません。でも、もしせっかく作って出すのでしたら、滅多にない機会なのですから、気持ちのこもったオリジナルな文章や作りにしたいものです。一期一会ならぬ一年一会を定型文の「謹賀新年、旧年中はお世話になりました。本年もよろしく」で済ましてしまうのでは、たとえ達筆の手書きでも味気ない。一筆、添え書きするのもいいでしょう。また、パソコンは苦手な人でも、プリンターなら安くて操作もかんたんです。オリジナルなものを1枚工夫して作れば何枚でも複製できるから便利です。。時間に余裕のあるシニアなら、この程度手間ヒマかけてもいいのでは‥‥。◆◆出す出さないは人それぞれの自由だなんていいながら、ずいぶん余計な口出しをしてしまいましたね。最近は年賀状をメールでやりとりする人も少なくないようですが、メールの年賀状をもらっても率直なところサッパリ嬉しくありません。お互いの幸せを願い、元気で生きていることを確かめ合う幸せを運ぶ年賀状という良き習わし、なんとかずっと続いてくれればと願います。

(写真:写団けやき土田厚実)