今回から「幸せ湧く話句」は「幸語歳時記」に変わります。といっても、基本的に「幸せだなァと感じる話題やことば探し」には変わりありません。ただ、探す場を日本語という豊かで奥の深く四季折々変わる「ことばの森」に求めてみようというだけのことです。外国の人にとっては、日本語は難しい言葉に違いありません。まず文字からして、カタカナとひらがな、そして膨大な数の漢字があり、それらを使い分ける必要があります。同じ漢字にしても音読みと訓読みがあります.。たとえば雨を表わす言葉にしても、降り方の様子や季節によって言い回しも読み方も数え切れないくらいあります。思いつくままに挙げてみても、五月雨(さみだれ)、梅雨、喜雨、夕立、白雨、秋霖、時雨、寒九の雨、春雨、卯花花腐し‥‥といった具合です。暦にしても西暦と元号の使って使っている国は日本くらいしかありません。外国人の目からは、なんと非効率で、もっと単純にしたらと感じることでしょう。でも、幸せなことに私たちは日本に生まれ育ったおかげで、あまり難しいと意識せずに習得してしまっています。一度覚えてしまえば、日本語くらい融通無碍で面白い言葉はありません。仮名と漢字、音と訓があるからこそ、豊富な語彙、豊かな発想と情趣ある表現が可能なのです。日本ほど多くの人が俳句や短歌などの詩歌をやさまざまな「言葉遊び」を楽しんでいる国民はほかにないといっていいでしょう。日本が先の大戦で敗れたあと、戦勝国側から、日本語をすべてローマ字表記にせよという動きがありました。日本の学者などの中にもこれに同調する人がいました。が、おそらく良識ある方々が努力されたお陰でしょう、日本語も表記もそのまま残りました。世界中には、征服者によって独自の言語や文字と共に文化までも消滅させられてしまった例も少なくありません。そんなことにならなかった幸せをかみしめながら、シニアにとっての「幸せ湧く話句」を、日本語の季節の言葉の宝庫「歳時記」の中に見つけて行こうと思います。

