MOBA・幸語歳時記「芝浜」

今年も暑い暑いといっていたら、あっという間に季節が進んで、気がつけば早や師走。クリスマスセールや歳末大売り出しで買い物に走るのもいいでしょうが、大掃除も終えてホッと一息つくのに、師走寄席などいかがでしょう。べつに師走寄席という季語があるわけではありませんが、正月を迎える前に、寄席に出かけてしっとりと『人情話」を味わうのも乙なものではございませんか。人情話は笑いをとる滑稽話とは違い、話術で聞かせてほのぼのとした気分にさせる噺、中でも「芝浜」は師走の寄席で名人級の落語家が、大トリで演じる演題とされています。どんな名人でも、寄る年波や病には勝てません。『芝浜」が上手く演じられなくなったら引退を決意と言われる人情話の代表格ですが、酒に溺れて過ちをしそうになった魚屋の金さんが、お上さんの機転で立ち直り、夫婦でしみじみ語り合うのが大晦日の晩の設定で、ここが聞かせどころ、この時期にはピッタリと言うわけです。 魚屋といっても、金さんクラスでは店を持てるわけではありません。天秤棒の両端に吊した桶に入れた魚を肩に担いで売り歩く棒手振り(ぼてふり)で、今のように冷蔵庫などない時代ですから、早朝に仕入れた魚は午前中早々に売り切ってしまわなければなりません。 当時、江戸の魚市場(魚河岸、かし)と言えば、日本橋が一番、日に千両のお金が動くと言われたものですが、店を持たない棒手振りでは、直接仕入れに行くわけにはいきません。そこで、庶民的な小魚や雑魚の競りが開かれるのが「芝浜」。金さんクラスの魚屋が、早朝専ら通うのはこちらのほうでした。酒好きで朝が苦手の金さんをたたき起こすのはおかみさんの役目ですが、年の瀬のある朝、おかみさんが、、間違えて早く起こし過ぎたことから、この噺は始まります。毎朝きまった時刻に起こすのは、今ならカンタンに思えますが、江戸時代はそうはいきません。目覚まし時計はもちろんのこと普通の時計だって庶民の家にはありません。その上、時の数え方が今と違って、夜が明けて日が昇るのが明け六つ、日が沈むのが暮れ六つで、その間を六等分して1刻(とき)2刻と数えるのですから、同じ1刻でも、昼と夜とでは季節によって長さがまるで違います。よくまあ当時の人はこんなややこしいことをしたものだと思えます。話を戻すと、浜へ出て見るとまだ誰もいません。おっかあ間違えやがったな、とぼやいても仕方ありませんから、浜辺をぶらぶらしていると、汚れた財布が落ちているのに気づきます。開けて見ると中身はなんと五十両。金高は演じ手によって違います。この金勘定が「時間」同様ややこしい。今の金額に換算するのも、買える米の量を基準にしても、今どきのこめ騒動でもわかる通り時々で相場が変動しますからアテになりません。この話に入ると説明だけでキリがつきませんから、ここはエイヤっと1両が10万円相当としておきましょう。それにしても、金さんにとってはたいへんな額。儲けものだと喜んだ金さん、仲間を集めてドンチャン騒ぎして酔い潰れて寝てしまいます。当時はネコババは厳罰、金額が金額だけに首がとびかねません。そこで、おかみさん一計を案じ、酔い覚めた覚めた金さんに、あれはきっと夢だと納得させる。猛省した金さん、酒をぷっつり断って仕事に精を出したので、貸店舗を持てるほどに。三年後の大晦日、おかみさんが手をついて、財布を拾ったのは夢ではなく、ホントのことだったと今までずっと欺し続けたのを謝り、ぶつなり蹴るなり好きなことをするよう懇願する。それを聞いた金さん、一時かっとするが、ハッと気づき、俺が今あるのはおめえのお陰だと、逆に感謝するという人情噺。笑いをとるのでなく、夫婦のやりとりをしっとり聞かせる、話術がものをいうの時季的にもピッタリというわけで、師走の寄席の大トリの定番になっているのです。正月支度も一段落ついたら、こんな歳末の過ごし方も試してはいかがでしょう。

では、良い新年を。本年はこれにて。