うつらうつらしてふと時計に目をやると、いつもの起床時刻をかなり過ぎていました。暦のうえでは春といっても、まだまだ外気は冷たく、それに近頃はエアコンの自動運転で、季節感が鈍っているはずなのに、からだのほうは一足早く季節の移ろいに反応しているようです。毎年春になると、唐の孟浩然の詩「春暁」の全部は覚えてなくても、冒頭の「春眠不覚暁(しゅんみんあかつきをおぼえず)」は誰もが共感を覚える句です。でも、そう思いきや、世の中には「朝型人間」と呼ばれる人が結構多くいて、このタイプの人は春眠の心地よさを味わうことなどには無縁で、えてして「早起きは(誰にとっても)良いことだ」と堅く思い込んでいるフシが見られます。今はどうか知りませんが以前ある著名な運送会社の社長さんが、自分は率先して早朝会社に出勤し、全国の支店長に電話を掛けまくるのを日課にしているのだと得意げに語ってい聴いた聞いたことがあります。そこまでいかなくとも「早朝ミーティング」や「早朝勉強会」が好きな経営者は多いようです。そういった朝方人間の上司に付き合わされる部下のほうはたまったものではありません。私の場合は、幸い朝型の会社に身を置いた経験はありませんが、通勤時間が長くかかるところが多かったせいで、会社を退いて自由な身になった当時、何が嬉しかったかといえば、目覚まし時計のけたたましい音に毎朝たたき起こされることから解放されたことでした!といっても、じきに家とは別に小さな仕事場を設け、ほぼ定時には「出勤」することにしたのですが、それでもきめられた時刻までに会社に着かなければならない日々とは比べものにならない幸せな気分でした。今ではその仕事場も引き払い、ステイホームの毎日ですが、歳取るにつれ早起きになるのと、からだがなまらないようにと、テレビ体操など朝の日課をきめて結構早朝に起床はしています。それでも気がむけば「春眠」を心ゆくまで味わえる身分をありがたいと思わざるを得ません。おっと、春眠をむさぼり過ぎて、寝たきり老人にならないよう気をつけねば‥‥。

