「ゴールデンウィーク(GW)」は和製英語のようです。四月末から五月初めにかけて祝日の休みがつづくこの期間をこう呼ぶようになってから高度経済成長期の頃までは、サラリーマンにとって文字通り「黄金」のように貴重な一週間でした。といっても当時は天皇誕生日(昭和天皇)、憲法記念日、こどもの日の3日だけ、それも運悪く日曜と重なると今のように振替休日などありませんから1日損することになります。憲法記念日とこどもの日にはさまれた5月4日をみどりの日にして必ず三連休になるなんて配慮もありませんでした。しかも、土曜日は平常通りの出勤日でしたから、一番運がいい年で、3日連休がせいぜい、あとは休んだと思ったら翌日出勤してまた休みという「飛び石連休」(今は事実上死語になりました)が当たり前。今みたいに「どうせなら、土、日、祝日、振替休日に2日ばかり加えて、超大型連休にしてしまえ」なんていう太っ腹な会社などどこにも見当たりませんでした。ですから、今日のように8~10連休を取れるなんて夢のまた夢の話だったのです。さらにさらに、年間を通しても、休日自体が「建国記念の日」「みどりの日」「山の日」「海の日」「体育の日(スポーツの日)」など、高度成長期当時の10日から15日に増えたうえ、振替休日、国民の休日なども加わりました。結局、高度経済成長期当時、サラリーマンが一年365日のうちで休めるのは、日曜日がほぼ52日、祝日がほぼ8日(日曜と重なるため)の、たった60日と正月三が日くらい。それが現在では、日曜日と土曜日合わせて104~5日、祝日・振替え等、年末年始で約20日、これだけでも実に365日のうち3日に1日は休みを取っていることになります。当時も有給休暇はありましたが、大半の人はろくに取らずに、会社に買い上げてもらっていました。育休なんてものももちろんありません。いわば、日本中がブラック企業状態でした。◆◆このように、当時とくらべれば今はなんと休日に恵まれていることでしょう。給料が上がらない、生産性が伸びない、失われた何十年などとよく言われますが、サラリーマンが仕事から解放される休日の数は2倍をはるかに超えているのです。にもかかわらず、多くの人は「ゆとり」が増えたとは感じていないようです。逆に「過重労働感」に悩まされ心身まで害される人は減るどころか増加傾向にあるように思えます。企業側もwellbeingなどのスローガンを掲げて休日を取りやすくしたり、働く環境の改善に努めていますが、思うように「幸福感」を高める効果が出ているとも思えません。◆◆なかなか難しい問題ですが、ひとつ考えられることは、あまりに休日が多くなった分ありがた味を感じなくなって、ぞんざいにあつかっているということもいえましょう。休みの日でも、いつもと同様に「情報」に追い立てられ、誰かとコミュニケーションをとっていないと置き去りにされるのではと不安になる、どこかへ出掛けないとまた不安になるといった具合で、休日が「閑暇」になっていないということもあるのではないでしょうか? 何もしないことが罪悪と考え足りせず、思い切って「情報源」を絶ち、「無為是好日」を決め込む連休があったっていいのではないでしょうかね。◆◆土曜日も普段通り働き、祝日の休みも少なかった当時、朝早く父親が物置から旗竿と日の丸の端を引っ張り出して玄関先に掲げていた光景を思い出します。戦前だけでなく戦後になってからも「旗日」には家々で国旗を掲げるのが当たり前の時代がありました。交通機関はじめ町中が日の丸だらけでした。なんとも清々しく「今日は祝日なんだ」と実感したものでした。それが、いつの頃からかそんなことをすると奇異の目で見られるようになりました。それと共に祝日は「皆でこぞって祝う特別な日」という感覚が薄れているような気がします。昔のような働きづくめはごめんですが、もう少し大事に過ごしてもいいのではないでしょうか。

