先年105歳で亡くなった聖路加国際病院の日野原重明名誉院長は、生涯現役の医師としても活動し、文化勲章を授与された偉い先生ですが、殊に「命」の大切さを説いた数多くの著作や講演を行ったことで知られています。それは、あのヨド号ハイジャック事件の際、たまたま乗り合わせた飛行機で人質となり、死を覚悟した経験につながるのかも知れません。日野原語録ともいうべき言葉は膨大な数で、挙げればキリがないほどですが、その中で強く触発されたのは「人間いくつになっても、新しいことに取り組める。それは自分がそれまでやって来たこととかけ離れたものであればあるほど愉しい」という言葉です。あまり正確な記憶ではありませんが、こんな趣旨だったと思います。特に後半の部分は、マトモと見られている人がマトモなことをやるより「まあ、あの人が!」とひとから驚かれるような、意外な自分の側面を見せることのほうが自分自身も愉しい、という意味と理解して共感を覚えたものでした。シニアの強みは、なんと言っても若い時と比べ、金銭上はともかく「時間」的に富裕だということでしょう。だったら、その時間を有効に使って、時間貧乏のときにはやりたかったけれどやれなかったことにトライするのが面白い。イイ歳をして、と言われようと知ったことではない。そう開き直ると、やれそうな領域が広げられる気がします。実際、日野原先生ご自身も、88歳にして、ミュージカル「葉っぱのフレディ」の脚本を手掛け、自らも舞台に立ち、98歳のとき俳句を始めたと聞いています。別に難しく考えなくていい。絵だって楽器の演奏だって、俳句だって短歌だっていい、料理(奥さんの領域を侵さない範囲で)でもいいじゃないですか。私自身、日野原先生の言葉に触発されて、いろいろくびを突っ込みましたが、モノにならなかったもののほうが多いでしょう。でも、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるで、なんとか実現できたものもあります。その一つが落語。聞くのは好きでしたが、話す方は全然苦手なので、台本を書いて、アマチュア落語の爆笑王(プロの爆笑王は初代の林家三平)と呼ばれる人に公共の場で演じてもらい、幸い笑取る取ることができましたが、これも日野原先生の言葉のお陰と思っています。

(写真:写団けやき 土田厚実)
