運転免許証は、かなり早く返納したほうだと思います。若い時分に自動車関係の仕事に関わっていたこともあって、クルマというものが完全なものではないということを身にしみて感じているからかもしれません。性能も安全性も昔とくらべれば、格段に進歩していますが、どんなに努力しても事故を起こさないクルマなんて作りようがないからです。デフェンシブドライブという言葉があります。防御運転と訳されていますが、時分だけがいくら安全運転を心がけていようと、相手がぶつかってきて事故になることも多い。相手のミスにも臨機応変に対処出来るような運転をしようということですが、これにも限度があります。AIなどの活用で完全に自動化された安全なクルマが実用化されるまでは、安全な運転などないとおもったほうがいいでしょう。今の時代、運転ができなくなるとなにかと不便には違いありません。しかし、返納の体験者として、返納した不便感より「ホッと」した気分のほうがずっと強かったのが実感です。これで、ようやく死ぬまで事故の加害者にならないで済んだという安堵感です。日常的に運転していた間はそれほど感じなかったのが、返納したとたん何度かヒヤッとした経験が甦り怖ろしくなります。中でも一番記憶に残っている一件があります。若いころ、会社の業務用のかなり古いクルマが邪魔な場所に駐めててあったのを、たまたま手の空いていた私がおせっかいに移動させようとしたときのことです。移動先まではほんの近距離でしたが、いったん公道に出る必要がありました。横断歩道を何人か渡っていました。横断歩道の手前で、かなり余裕をもってブレーキを踏んだつもりでした。が、ブレーキが効かないのです! 横断している人たちに向かってクルマは走行し続けます。全身が硬直し、からだが動きません。ブレーキから足が離れません。サイドブレーキのほうにも手が動きません。人を轢いてしまう!と一瞬観念しました。でも、僅かながら理性的判断力が残っていたのでしょう。なんとかブレーキペダルからいったん足を離し、ダブルクラッチ(当時はオートマチックではありませんでした)を踏んで再度ブレーキペダルを踏むと、スッと止まったではありませんか! 助かったと思ったとたん冷や汗がどっと吹き出しました。思い出すと今でもぞっとします。それでも若かったからこそ何とか反応できたのであって、高齢者だったらそうはいきません。◆◆免許証を返納しない男性の多くは自分の運転テクニックに自信があり、女性の多くは自分は慎重に運転しているからと、いずれも年齢を重ねてもまだまだ大丈夫と過信しがちです。慣れてしまっているクルマのある暮らしから抜け出すには強い抵抗感があります。でも、実際に私の姉が日ごろつきあっていた友人で二人の人をはねてしまった事例があり、とても自分とは無縁の出来事とは思えません。大きく報じられた池袋の高齢運転者による母子の死亡事故では、かつて地位もあった90歳過ぎの高齢男性が、実刑の判決を受け、刑務所入りしています。被害者とその家族ももちろんお気の毒ですが、加害者も過去の栄光を全て失い、まさに地獄の晩節です。地獄の日々を送るくらいなら、クルマのない生活の不便さなどは問題になりません。ネット通販やネットバンキングで大方用が足りる今日、よほどの辺境でもない限り、免許返納を拒む理由にはなりません。クルマの購入費、維持費、ガソリン代など全部吐き出すつもりで工夫し、セーフティネットも活用し、場合によってはひとに頭を下げて頼めば、なんとかなるはず。できないのは怠慢にほかなりません。歳取ってから地獄を見ることのないよう、免許証のできる限り早く返納して幸せな晩節を送りたいものです。

