➲MOBA・トリビア「モバが地球を守る」

「モバ」「地球温暖化」「一番長い名前」というと三題噺のようですが、MOBAのサイトとしては開示しておきたいトリビアです。◆MOBAはモアベターエイジングの略称として元の通信販売の会から引き継いだものですが、、ゲームジャンルの略語としても使われていることはサイト冒頭のごあいさつでも触れましたが、このところにわかに注目されているいま一つの「モバ」もスルーするわけにはいきません。こちらは略称でなくれっきとした日本語の「藻場」のことですが、「海の森」とも呼ばれ、地球温暖化を防ぐ対策として大切に守り育てることがきわめて重要だと認識されてきているのです。藻場については辞書や百科事典でも解説されているので、ここであえて詳述することもないでしょうが、浅い海底で海藻が群生している場所のことです。ここは魚が集まる場所であると同時に、陸上の森林に匹敵するかそれ以上に、深刻化している地球温暖化を食い止めるために重要だということが明らかになっているからです。しかし、藻場の占める面積は減少傾向にあり、陸地の森林を育てるように、藻場を守り拡げていく取組みが始まってはいますが、十分と言えない状況です。◆さて、ここからがトリビアになりますが、藻場を形成する代表的な海藻が「アマモ(甘藻)」で、食用にもなり甘みがあるのでこの名付けられたとされています。その一方でかつては海水を注いで焼き、塩を作るのに用いたことから「藻塩草(モシオグサ)」とも呼ばれます。小倉百人一首の選者・藤原定家の「来ぬ人を松(待つ)帆の浦の夕凪に焼くや藻塩の身もこがれつつ」の歌に詠み込まれているのが藻塩草です。でも、この海藻の名はこれだけではありません。細長い形状が髪を頭の上で束ねる元結(もとゆい)の緒を連想させることから「龍宮の乙姫の元結の切外し(リュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシ)」とも名付けられていますが、これは「植物の名前としては一番長い」のだそうです。

MOBA・隠居探偵・「秀頼は誰の子?」

ミステリー界には時折アームチェアディテクティブ(安楽椅子探偵)なるキャラクターが登場します。事件の現場に踏み込んで犯人捜しするのでなく、家を一歩も出ず椅子に座ったまま推理力を働かせ事件の謎を解き明か頭脳派探偵のこと。これなら、足腰が少々弱くなったシニアにもできそう。現場に行こうにも行けない歴史上の事件の謎を追うのが隠居探偵です。さあさっそく「豊臣秀頼出生の謎」から入ることにしましょう。◆戦国最大のタブー「秀頼は豊臣秀吉の実子に非ず」説は、いつか歴史の闇にかき消され、専門家も論ずることはない。だが、真実はどうなのか? まず論点を整理してみよう。1⃣非実子説の論拠2⃣非実子説消滅の背景3⃣大野長治父親説の説得力4⃣他に有力候補は?その根拠は?5⃣淀殿のアリバイは成立するか?◆◆まず1⃣だが、今ならDNAで一発で判るところだが、時は戦国、状況証拠でいくしかない。一つは秀吉の年齢だ。淀殿との間に第1子鶴松が生まれたのが1586年秀吉54歳のときとされる。鶴松は2歳で夭折したがその翌々年1593年に第2子秀頼(お拾)が生まれたとされる。このとき秀吉58歳。秀吉の女狂いはつとに知られており、戦で遠征した先々でも数え切れないほどの女性をものにしているが、子供には恵まれなかった。いや、京都の女性との間に1人生まれたという説があるにはある。だが、鶴松、秀頼誕生の際には狂喜乱舞した秀吉が、このときは歓喜したとは伝えられていない。このことから、子が生まれた事実がなかったか、秀吉が自分の子と認めなかったかのどちらかだろう。それほど子宝に恵まれなかった秀吉が、54歳のときの鶴松はまだしも、58歳で秀頼をもうけることができるだろうか? 当時の58歳は数え年とはいえ大層な老人だ。いや、徳川家康は60台で子供をなしているではないか、との反論もあるかも知れない。だが、家康は無類の健康オタク、自分で漢方薬まで調合し、食事や体力作りに人一倍留意した。当時希な75歳まで長生きした家康と、秀吉とではくらべものにならない。信長というパワハラのボスに仕え、織田ブラック軍団の中で懸命に泳ぎ、戦に次ぐ戦でこき使われた秀吉のほうは、その歳ですでにヨレヨレ、ボロボロになっていたはずだ。実際、秀頼誕生から4年半後の醍醐の花見の頃は、誰の目にも衰え甚だしく、その半年後に世を去っている。加えて、秀吉の身長は143センチと当時としても際立って小男で、指に障害があったと言われる。また、秀吉と比べればあらゆる面でマトモな実弟の秀長にも子がなかったことから、子宝の授かりにくい家系のようだ。これらを考え合わせると、秀吉の当時の年齢で、しかも淀との間にだけ、子供ができた可能性はゼロとは言わないが極めて小さいとみるのが妥当ではないか。◆◆◆2⃣秀吉と秀頼とでは風貌もまるで違うことからも「非実父説」は取り沙汰された。にもかかわらず闇に葬られたのはどうしてだろう。もちろん時の天下人で絶大な権力を持つ秀吉があらゆる手立てを尽くしだろうし、表だって口にすれば殺されるのは間違いない。とはいえ、世間の口に戸は立てられぬもの。ところがなんと、秀頼が秀吉の実子で正当な後継者であると保証する強力な人物が現れた。大実力者の徳川家康である。家康にとって、秀頼が秀吉の実子ないことは何のトクにもならない。それどころか「実子であってもらわなければならない」存在だったのだ。普通に考えれば非実子説を流布して、豊臣陣営の乱れを誘い、内部崩壊させ、戦わずして天下を手中に収める方がトク策のようだが、武士の世ではそうはいかない。武力をもって相手をねじ伏せなければ勝者とは認められない。それも、どこのウマの骨か判らぬ相手では意味がない。そこで家康は終始秀頼を真の世継ぎとして遇したのだ。そうなれば世間も「天下の大御所様が言うのだから間違いあるまい」で一件落着となったのではなかろうか。◆◆3⃣いま一つ「非実子説」の弱みは、「では、誰が実の父親なんだ?」の問いに対して明確にその名前を挙げ、根拠を示すことができていないことだ。具体的な名前が浮かんだのは「大野長治」。長治は淀殿の乳母である大蔵卿局(おおくらきょうのつぼね)の子だから、淀殿とは乳きようだいの関係にある。生涯、淀殿と秀頼の側近として忠誠を尽くし、大坂城落城の際も、秀頼、淀殿と共に自害して果てた。といって、長治が淀殿と通じ秀頼を儲けたとはいえない。いかに主従に徹したとはいえ、生身の人間、やはり何かの折に肉親の情が露見するものだが、長治に関してはそうした話は一切聞かれない。◆◆4⃣大野長治でないとしたら、他に誰か有力な候補がいるのか。これまで、ほとんど下馬評にも上らなかった一人の人物がいる。それは「豊臣秀次」である。なんて言えば「ウソー」の大合唱が聞こえそうだ。秀次が秀頼の実の父親ではあり得ないという論拠が山ほど出て来るだろう。だが、その論拠を崩しうるとしたらどうだろ? 秀次は秀吉の甥(実姉の子)で、秀吉の数少ない血のつながった親族だ。鶴松の死でいったんは自分の子供を諦めた秀吉が、後継者に指名し、関白の位まで譲っておきながら、秀頼が誕生するや、手のひらを返したように邪魔者扱いされ、謀反の罪を着せられた上、殺生関白なる汚名まで被らされ、叔父の秀吉によって自害に追い込まれた。それだけではない。秀次の正室、側室、その子等はじめ、一族39人が惨殺処刑されたのだ。そんな運命の人物、秀次が淀殿と関係を結び秀頼を儲けることなどあり得るはずがないとキメつけるのはたやすい。だが発想を転換して、それが「秀吉の命令」による公認の関係だったとしたらどうだろう?そこには全く別の景色が見えてきて、これまで何かモヤモヤしていたものが霧が晴れるようにスッキリと解明できる。◆◆◆◆◆❶淀殿(茶々)は、父(浅井長政)母(お市の方)のみならず義父(柴田勝家)まで殺した仇であるうえ、醜男で卑しい身分から成り上がった秀吉を蛇蝎のごとく毛嫌いしていた。なのに、たとえ生きる手段とはいえ側室となり、子まで儲ける関係を許容できたのか、大きな謎である。❷秀頼が我が子ではないのではと、真っ先に疑念を抱くはずの秀吉自身が、あれほど手放しで可愛がり、豊臣家の正統な後継者として通し続けることができたという謎。❸一時は全幅の信頼を寄せ、関白の座まで譲った身内である秀次とその妻子らに、秀吉がああまで残酷な仕打ちにできた謎。これら3つのモモヤモヤした謎を、実は「秀次が秀頼の実父(秀吉公認の)」だったとした仮定で考えてみよう。難攻不落の茶々を攻め落とすため、秀吉は一世一代の奇策に打って出た。それが秀次に噛んで含めて「自分の身代わりになれ」と命ずるアイデアだ。秀次は流布された悪評とは違い、貴公子の風貌で、文武両道に長け、きわめて分別のある人物だったことは、宣教師ルイス・フロイスの書にも記されている。四国攻めなどで武功を上げたうえ封じられた近江八幡の街づくりにも手腕を発揮している。また、茶々と秀次は一歳違いで、茶々が妹たちと、北ノ庄落城後に安土の寺で過ごした時期と、秀次が隣町の近江八幡を治めていた時期と重なることから、二人がすでに見知っていたとしてもおかしくない。それゆえ秀吉の奇想天外の案にも乗ることができたのではないか。「奇想天外」の策といったが、実は西洋にも同様の逸話(「ダンテの神曲」にある挿話;醜い領主が弟に身代わりさせる)が見られることから、まったくあり得ない話ではない。茶々にしても、豊臣家の世継ぎの生母の座を得たうえ、織田、浅井の血を後世までつなげられるのだから、悪い話ではない。かくしてこの件は、秀吉、秀次、淀殿の三人だけが墓場まで持って行く秘匿事項となったのだ。❷については簡単に説明がつく。豊臣とは縁もゆかりもない父親の子だったら、世継ぎだと言って騒ぐ気にもなれないだろうが、秀次が父親なら、正真正銘豊臣の血筋となる。❸については、自身のアイデアだったにもかかわらず、秀吉は老いに狂気も加わり、猜疑心と嫉妬心が募った結果ああまで残酷な仕打ちに駆り立てたのではないか。◆◆◆◆◆◆さて、冒頭で挙げた論点に戻ろう。「秀吉実父説」の切り札は5⃣の「淀殿のアリバイ」である。秀頼を懐妊した時期、淀殿は朝鮮出兵の最中で九州の名護屋城に秀吉と共に長期滞在していて、畿内には居なかったという証言である。だが、これは別の側室(京極龍子)の見誤りと言う説もあり絶対的なものとは言えない。だとすれば、京に残って政務を執り行っていた秀次にも機会はあったことになる。◆◆◆◆◆◆以上いささか長くなったが、これでも本来長編歴史ミステリーにでも仕立てるほどの大きなテーマを、駆け足で説き明かそうとしたため、説得力が十分でなかったかもしれないがお許し願いたい。また、この「秀次実父説」はあくまで「隠居探偵」としての推理、解明であって、真相と捉えるかはあなたの判断におまかせします。

➲MOBA・だれでも「自分史」 

「人は誰でも一生に一冊の本が書ける」と言ったのは英国の作家サマセット・モームです。でも、「ホントかな?」というのが率直な感想でしょう。著名な作家であるだけでなく、軍の諜報員としての経歴を持つモームならいざ知らず「凡人の私に何が書けるの?」と反論したくもなります。実際、知人が書いた自分史を贈られて、義理で目は通したものの、本気で読む気にならなかったという経験をお持ちの方もあるでしょう。たとえ書けたとしても、読んでもらえなければムダ骨折りというものです。でも、発想を変えれば、あなたにも「ラクラク書けて、読んでもらえる自分史」が作れるはず。そのポイントを挙げて見ましょう。◆まず最初の提案として、長編の大作をねらうのでなく「短編のエッセイ集」スタイルの小冊子に仕立てることをおすすめします。自分「史」だからといって、なにもあなたの生い立ちから延々と書き綴ることはありません。だれもそんなことに興味ないのです。でも、あなたは、今日まで何十年も、日数にすれば何万何千日という膨大な日々を過ごしてきたのですから、その間には、きっと人に伝えておきたい体験、出来事、忘れられない人や言葉との出会いなどがあったはずです。そうした中から、特に自分以外の人にも共感してもらえそうなテーマを選び、それぞれ短いエッセイにしてみてはどうでしょう。こうしたエッセイを、10~15編程度、一冊の小冊子にするのです。これなら、文章を書き慣れてない方でも、学校で書いた「作文」の要領で、気負いなく書けるはずです。一方、読む側にとっても、どこからでも拾い読みできるので負担を感じません。◆次に肝心なのは「見た目が大事」ということです。分厚く地味でお堅い感じのものではハナから読む気が起きません(上掲写真、左の例)。本文はたとえ地味でも、カラー写真をプリンターで光沢紙に印刷した「表紙カバー」をかぶせるだけで、ガラッと印象が変わります(上掲写真、右の例)。表題もおざなりでなく工夫しましょう。◆最後に、書く内容と選ぶテーマの留意点です。自分の思い入れにだけこだわらず、読み手側の身になって、シェアして共感してもらえるテーマと内容にしましょう。たとえ苦労話や辛い体験をを綴るにしても、締めは明るくしましょう。いま、あなたがこうしていられること自体、十分幸せなのですから。愚痴は誰も聞きたくありません。もっと前向きに。でも、自慢話は絶対ダメです。失敗談はいいのですが、書きようによってはイヤ味になるので気をつけましょう。なんといってもひとの悪口は禁物。なにより「自分がいまあることへの感謝」の気持ちを込めることです。そして「心地よい読後感」を読み手に贈ることを心がけたいものです。

◆◆◆◆もう少し詳しくは、下記をご覧下さい。

➲MOBA・知っトク「サプリ考」

テレビをつけても、ネット上も、そして新聞チラシも、健康、美容の通販であふれかえっています。まるで、ガマの油売りやバナナの叩き売りのような様相です。本来こうした商品はもっと冷静に判断できる環境で選ぶべきもので、大騒ぎして丸め込んで買わせるやり口はどう見ても正常、正道とは思えません。そんな中、「紅麹」問題が起きました。紅麹そのものが悪いというより、製造工程で未知の異物が入ったというのが真相のようですが、ちょうどいい機会ですので、利用する側も頭を冷やし、健康商品を見直してみましょう。ごくごく基本的な知識は購入の前に持ち合わせていたいものです。とはいえ、商品の範囲も広く、薬機法とか景表法といったややこしい規定も絡んでくることなので、ここでは単純化のために、ふつう「サプリ」と呼ばれる「機能性表示食品」に絞って、かしこく選んで利用するポイントを述べることにします。◆そもそも「サプリメント」はクスリではありません。でも、あれだけ効果があるあると宣伝されると、ついクスリとゴッチャになってしまいます。見かけが錠剤状で区別がつきにくいものとして、❶いわゆる「クスリ」(医薬品)❷「トクホ」(特定保健用食品)❸いわゆる「サプリ」(機能性表示食品)があります。まずこの3種類の違いから入りましょう。❶は「効き目がある」と「国が認可」したものです。国の厳格な審査を通るためには、きめられた臨床実験などによる有効性の実証を必要とします。そのためにはとうぜん多額な研究開発費、開発期間、研究員の人件費なども要します。❷も同じく「国から認定」を受けたものですが、カルシウムとか鉄分といった有効成分が国の定めた基準通り使われていれば「トクホ」と表示して販売できます。まあ、国のおスミつきサプリといってもいいでしょう。これらに対して❸は事業者(企業)が「効き目があるという合理的な根拠」を「国に届け出」すれば、手続き上の不備などがないかぎり「受理」されます。効果の表示も「事業者の責任」において行われ、今回の紅麹のような問題が起きない限り国は関与しません。ですから、宣伝広告やトリセツをよく見ると「効果がある」「実証されている」「認められている」とは言わず「これこれしかじかの効果が報告されています」という曖昧な表現を採っているのです。つまり効くかどうかはその業者をあなたが信用するかどうかの判断に委ねられていると言えます。だからこそ大騒ぎな宣伝につられることなく冷静に構えることが必要なのです。◆次に、価格について少々触れておきましょう。大方の「サプリ」の値段は、1カ月分5千円台から6千円台と、クスリの錠剤とほぼ同じ程度に設定されており、勧められるままに何種類も定期購入したら、年金生活者のシニアにとってはバカにならない金額です。昔から「クスリ九層倍」と言われるように、クスリの原価率は低いとされています。でも、前述のように医薬品は国の認可を得るまでに膨大な研究開発費や期間を要しますので、致し方ないという面はあります。一方、届け出だけで済むサプリの価格は正直いってどうかなあ、と思います。この種の商品は「高ければそれに見合う効果が期待できる」と思いがちです。それをいいことに、割高に設定している傾向がないとはいいきれません。また、いったん買った顧客の多くはつい毎月定期購入してしまいますから、この分には広告宣伝費がかかりません。「定期購入だと××円おトクです」という表現がよく使われていますが、ちょっと引っかかります。どのくらいの原価でどれほどの宣伝販促費なのかは、大手企業の場合、公開されているIRでもだいたいわかります。まあ、値段に見合う商品かどうかも買う側の自己判断、自己責任ですから、これ以上どうこう言うこともないでしょう。◆こんなふうに言うと健康食品を否定的にとらえていると思われるかもしれませんが、そうではありません。自分に当てはまりそうな商品を冷静に選んで賢く利用することで、シニアの強い味方になるに違いありません。サプリを摂るだけで、ぐんぐん足腰が丈夫になったり、老化や認知症が防げたり、病気が治るわけではありませんが、利用を始めるのをきっかけに、より健康に留意するようになり、運動にも心がけるなど、生活習慣の改善に努めること、これらの「合わせ技」でこそ、その効果は期待できると考えるべきでしょう。

➲MOBA・トリビア「お江戸でも通販!」

   今や通販なしでは夜も日も明けないくらいよく利用されています。パソコンやスマホがあれば家に何でも届けてもらえるので、足腰が少々弱ってきたシニアにとっても便利な存在です。「通販」といえば、まず「ネット通販」を思い浮かべ、比較的最近盛んになったように思われがちですが、どうして、けっこう昔からあったのです!◆文明開化が叫ばれ、西欧諸国に追いつけの掛け声のもとに、明治5年(1872年)には鉄道が開業したのをはじめとして、さまざまな先進文明、技術、制度が急速に導入されました。中でも近代郵便制度は、鉄道開業の前年にスタートしています。そして、この新制度をビジネスに活用しようという人が現れる一方、日本人の持前の好奇心旺盛さも手伝って、明治の中ごろには、現代人がネットに飛びついたように、メールオーダーで居ながらにして品物が手に入るということで通販がブームとなり、現在も売られている、いわゆる「通販的商品」は大方勢揃いしているのです。
しかし、これだけで驚くのはまだ早い‥‥。なんと、江戸時代の中ごろ、江戸の町に「通販」で商売する店が出現しました。知らない人がいないほど有名になり、多くの川柳にも詠まれた名物店です。
別にこういった話を知らなくても、通販を利用できますが、まあ知って利用すれば、さらに通販への興味が増すかもしれません。そこで、当サイトの前身「モバMail Order Business Association」の機関紙「MOBA Direct Response」に連載した「通販史探訪」を受け継いで引き続き掲載することにしました。
はじめから読まなくても、興味が湧きそうなところを拾い読みしていただくだけで結構です。

PART Ⅰ   明治初期・通販のあけぼの     通販史・PART Ⅰ
PART Ⅱ 明治中期・多種多様な通販の誕生  通販史・PART Ⅱ
PART Ⅲ 明治後期・競い合う百貨店通販   通販史・PART Ⅲ
PART Ⅳ 江戸時代にも通販があった!    通販史・PART Ⅳ
※(3)「十六夜」(いざない)は(いざよい)の誤りです
PART Ⅴ 大正から昭和・通販氷河期の到来  通販史 PART Ⅴ(改)
PART Ⅵ アメリカ通販の隆盛        通販史・PART Ⅵ
PART Ⅶ 戦後、わが国通販の復活、ブーム再来通販史・PART Ⅶ

(写真提供:土田厚実=写団「けやき」所属)

※アンドロイドのスマートフォンでは開けない場合があります。

➲MOBA・脳活に「回文俳句」

「回文俳句ってナニ?」と言われる方も多いことでしょう。それもそのはず、俳句人気はテレビ番組プレバトの影響もあって若い層にまでひろがって、「才能ナシ」と呼ばれるひとも含め愛好者の数は3百万人とも5百万人とも言われますが、一方、回文俳句(回俳)を詠む人はといえば、日本中でもほんの一握りにすぎません。みんなで俳句もいいですが、少数派の希少価値狙いなら断然回俳です。俳句は脳の老化防止にもいいと言われますが、回俳はさらに脳活には最適です。◆回文は「タケヤブヤケタ」のようにアベコベに読んでも同じになるコトバ遊びの一種ですが。これを俳句と同じ五七五にしたものが回俳です。俳句との違いが手っ取り早くわかるよう、同じ季語に初物の秋刀魚(さんま)を組み入れた二つの句を並べて比較してみましょう。❶「革まるものみなのなか初秋刀魚(あらたまるものみなのなかはつさんま)」❷「万札は痛いが買いたい初秋刀魚(まんさつはいたいがかいたいはつさんま)」すぐお気づきのように❶は正調な俳句で、俳人の石塚友二という方が詠んだ句です。❷が回俳の例で、最近の高値で万札を出すのは痛い、けど買いたいなあという心情を表わしていますがアベコベに詠んでも同じになります。五八五になっていますが、中ほどの「が」を抜いて五七五に整えても十分意味は通じます。◆面白そうだけど難しそうだナと感じるかもしれませんが、ちょっとしたコツをつかめば、むしろ文字数に制約のない回文よりやさしく作れます。では、ごく基本的な作り方の要領をご紹介しましょう。①まず、前掲の「初秋刀魚」と「万札は」のようにアベコベにすると別の意味になる5音のコトバ探しからはじめましょう。コトバのネタは、あなたの周囲の至る所に潜んでいます。例えば毎日配達される新聞、テレビ、マンガ、物語、歌、歴史、落語、俳句の歳時記などなど、いくらでもありますが、いつもは見過ごしていただけです。②この5音のコトバを前と後に据え、両者を繋いで辻褄の合うような7音の回文コトバを工夫すればできあがりです。◆回俳の面白さはなんといっても、アベコベにすることで、作り手自身も予想しなかった、意外性のある展開になることです。俳句にも一句の中に異質の要素を織込んだ「取り合わせ」と呼ばれる手法がありますが、回俳が生み出す意外性は俳句の取り合わせとくらべものになりません。そこが回俳の妙味といえます。◆俳句は他の詩歌同様、感性が大事で、どちらかというと右脳型の人向きです。先にも述べたように、俳句はシニアの脳の老化防止にもよいとされていますが、残念ながら年齢とともに感性の衰えはさけられません。一方回俳は語彙や雑学的知識が豊富になるシニアにとってはむしろ有利で、しかもアベコベにして五七五に納まるよう頭を働かせることで、俳句より脳活、脳トレ向きと言えるでしょう。また、俳句は自己採点ができません。どんなに自分の作が気に入っても、選者により、句の会のメンバーの好みによって選ばれなくてガックリというケースが多いのです。ある句会の選りすぐった会員が、他の句会の吟行に他流試合で参加し、全員酷評されてしょんぼり帰還したという例もあります。一方回俳は、アベコベにしても意味や言葉がピッタリきまり、文法上正しく出来ていれば、誰の目で見ても良い回俳は良いのですから、作った満足感が得られます。◆つぎに、回俳の俳句とはやや異なる「決まり事」を挙げておきましょう。アベコベにしても同じになるというルールには、濁点、半濁点はついてもつかなくても同じに扱うことが許容されます。例えば「長き夜(ながきよ)」はアベコベにしたとき「良きかな(よきかな)」でもヨシとされます。また、俳句では短い五七五の中に季節を表わす季語を一つを超えて入れると「季重なり」といって罰点がつきますが、回俳ではむしろ多く入ったほうが面白味が増します。◆◆◆◆◆以下は回俳の実作例です。小会の同人いとう(I)、こんどう(k)の作から適当に抽出したものです。◆◆◆◆「密なるは避けて野で今朝春菜摘み(I)みつなるはさけてのでけさはるなつみ・コロナ下の早春、下掲写真イメージ」「葉桜の四月なつかし野良草葉(I)はざくらのしがつなつかしのらくさば・行く春を惜しむ」「気が散るは閉口恋へ春近き(k)きがちるはへいこうこいへはるちかき・待春の心情」「大和路に遠き滝音尼寺苫屋(I)やまとじにとおきたきおとにじとまや・滝は夏の季語、やまと尼寺精進日記」「満作や鯛はさばいた焼く秋刀魚(I)まんさくやたいはさばいたやくさんま・秋・豊年満作を祝う」「夕闇の人影が訪ひ飲み屋冬(k)ゆふやみのひとかげがとひのみやふゆ・歳末の風情か」「枯れた花顔晩花名は誰か(k)かれたはなかんばせばんかなはたれか・同窓会の幻滅・冗句調」「最高値銘柄買い目値が大差(k)さいたかねめいがらかいめねがたいさ・株価高騰・時事ネタ」**写真・写団「けやき」土田厚実